2010年12月23日木曜日

河村市長を4コママンガにしてみた。

名古屋市民オンブズマンが、河村市長を題材にマンガを描いています。

http://ombuds.exblog.jp/i47/

見よう見まねでやってみました。



コミpo!無料体験版は以下でダウンロードできます。
http://www.comipo.com/index.html

2010年10月6日水曜日

#Librahack事件、パネル討論会(2)

10/4に書いた#Librahack事件、パネル討論会(1)に追記した内容の繰り返しになりますが、パネル討論会の開催趣旨には、以下の内容が含まれていました。
  • 問題の再発を防止するにはどうしたらよいのか。
  • 行政におけるシステム調達の技術評価の在り方。
  • IT業界はどのようにあるべきか。
  • 情報システムを扱う図書館や警察のような行政はどのように情報システムと向き合うべきか。
  • 社会はどのような方向へ向かうことが求められるのか。
  [開催趣旨の全文: パネル討論会:「岡崎市中央図書館ウェブサーバ事件」から情報化社会を考える - お知らせ]


この趣旨に沿った議論が行われたことを、早い段階で主張しなかったことは、私の落ち度だと考えます。
パネル討論会の開催に尽力された方々に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

開催者、パネリスト、参加した聴衆、その場に居合わせた人々の間には、開催趣旨に関する共通認識があったと、私は確信しています。

ツイッターで、いくつかのご指摘を受け、私なりに精一杯考えました。
私が記憶に基づいて分析した印象では、パネリストの話には、以下の内容が含まれていました。

  1. Librahack氏のアクセスに対し、警察への相談→被害届の提出→逮捕という展開で、物事が発展していった原因・背景・環境・制約・歴史的経緯などについて、各パネリストが得意とする側面から解説する。

  2. 逮捕という手段に頼らずに解決する方法・手段を考察する。

  3. 今後の取り組み、対策等について考察する。

大屋氏は、司法と警察のロジックを考察し、再発防止のアイデアを述べられました。

岡本氏は、図書館の現状に関する解説と、今後に対する期待・提言を述べられました。
そのおかげで、図書館員が警察に相談しようと決意した心理を、理解することができたと思います。

残りのお二方の話にも、逮捕に至った理由、逮捕を避けるための代案、再発防止のアイデア、この3項目が含まれていたと記憶しています。


特に大屋氏の発言に対して、批判が多いので、蛇足ながら、まとめてみたいと思います。

  • 脳梅毒の判例に言及したことについて
    「法律(司法)の世界では、市民感覚とずれた判断がなされることがある」
    大屋氏は、それをほのめかすために、この判例を取り上げたと推察します。
    市民感覚とはかけ離れた逮捕が、起きてしまった背景を説明する意図を感じました。

    結果に対する責任があり、その責任を行為者に負わせることができる脳梅毒事件と、
    結果に対する責任があるが、その責任を行為者に負わせることができないLibrahack事件

    そういう大屋氏の見解が、ツイッターでは正しく伝わらなかったのかもしれません。

  • Librahack氏と図書館の事前協議について
    asahi.com:岡崎図書館問題で討論-マイタウン愛知 で報道されたように、
    「逮捕された利用者と図書館の間で事前に協議があれば事件にならなかった」
    と、大屋氏が発言したことは、私も記憶しています。

    ただし、大屋氏は、Librahack氏が事前協議を申し込んでも取り合ってもらえなかったろう、という旨の発言もしていることから、現実的な手立てとは思っていなかったと推察します。

  • 起訴猶予で止まっているから冤罪ですらないについて
    逮捕と起訴猶予という流れは大屋氏の想定範囲内の出来事であったと推察します。
    ただし、「逮捕≒有罪」という市民感覚、20日以上の勾留とそれに伴う経済的損失は甚大である、という旨の発言をされていました。

  • 警察の能力について
    これも、#Librahack事件、パネル討論会(1)の繰り返しになりますが、日本の警察は、全体としてみたときに、
    「Librahack氏のアクセスには悪質性がなく、よって、閲覧障害の責任を負わせることは適切でない」
    という判断を下すのに十分な能力を持っているが、それが偏在しているため、高い能力を有している部署と、能力が不足している部署、地域、個人等が存在する、という旨の発言をされています。

Librahack氏の名誉回復を願う人が、パネリストの名誉を汚している、それを解消できない自分を情けなく思います。

同じ部屋で、パネリストの顔を見ながら話を聴いた私の印象を、ネットの向こうにいる人のそのまま伝えることはできないでしょう。

しかし、パネリストに対する一部のツイートは不当である、と私は主張します。

どうか、正しい理解が得られますように。

2010年10月4日月曜日

#Librahack事件、パネル討論会(1)

Librahack事件に関するパネル討論会を聞いてきました。

帰宅後、ハッシュタグへアクセスすると、私がパネル討論会で受けた印象とは、まったく異なる方向へ議論が進んでいて、とても残念に感じました。
参加した人と参加しなかった人とのギャップを埋めたいと思い、いくつかのツイートをしましたが、かえって混乱を招きました。自分自身の力不足を痛感しています。

力不足をさらに露呈させる結果になるかもしれませんが、パネル討論会で得た、私の解釈をまとめてみたいと思います。


まず、2つの前提から話を始めます。


  • 前提1
    岡崎市立中央図書館のウェブサーバーに、想定外の「閲覧障害」が発生した。
    その障害は岡崎市立中央図書館にとって、業務に支障がある現象である。
    調査の結果、業務妨害罪が成立するために必要とされている要件のいくつかを満たしているように見える。
    よって、『業務妨害罪が成立するかもしれない』という疑いを持つ状況(土壌、環境)は存在した。
  • 前提2
    Librahack氏のアクセスと岡崎市立中央図書館の閲覧障害には、因果関係があった。

 前提1と前提2から、Librahack氏が『現場』に『居合わせた』可能性は、極めて高い。


ここから先は、パネル討論会で得た私の解釈です。

刑事事件が成立するには、「構成要素」と「有責性」を満たす必要がある。

岡崎市立中央図書館のウェブサーバーが閲覧障害に陥った現象は業務妨害罪の構成要素を満たしている、そう疑うことができる状況だった。

もう一方の有責性について。
これは、業務妨害罪の責任をLibrahack氏に負わせることができるか、を問うものである。
検察が、Librahack氏を起訴しなかったことを見ても、
「その責任をLibrahack氏に負わせるべき」
と断言することはできない(有責性はない)。

日本の警察は、全体としてみたときに、
「Librahack氏のアクセスには悪質性がなく、よって、閲覧障害の責任を負わせることは適切でない」
という判断を下すのに十分な能力を持っている。

ただし、その能力は偏在している。
高い能力を有している部署と、能力が不足している部署、地域、個人等が存在する。

局地的な能力不足を補う仕組みは存在するが、それが正しく活用されないこともある。
能力の不足が補われず、暴走をしてしまったとき、この不幸は生まれた。

ただし、能力不足の暴走は、検察の起訴猶予処分によって止まった。
裁判にすらなっていないので、法律上は冤罪でない。

とはいえ、「逮捕=有罪」という市民感覚や、20日以上の勾留とそれに伴う経済的損失は甚大である。
そのため、逮捕に対して警察はもっと慎重であるべき、という指摘はもっともである。

警察自身もそれを理解しているらしく、他の国々比べ、日本の警察は逮捕に対して慎重な態度をとる傾向がある。

本来であれば、大屋氏の発言なのか、他のパネリストの発言なのか、私自身の意見なのかを、分けて書くべきと思いますが、私の頭の中では一体化してしまっているため、私の主観がたくさん紛れ込んでいると思います。
この文章を大屋氏やパネル討論会自体の批判に使うことは望みません。
私に対する批判はツイッターで承ります。


蛇足ですが、この事件に対する私の思いを述べます。

  1. 『警察の中に存在する局地的な能力の不足が暴走する土壌 ──要するに、サーバーが止まった原因── を下ごしらえしたのは、三菱電機インフォメーションシステムズである』、という推察が立証され、Librahack氏に対する謝罪と名誉の回復が速やかに実現することを期待します。

  2. 「局地的な能力不足」が適切に補われ、暴走を食い止める仕組みが構築されること、および、その仕組みが適正に活用され続けることにより、今後、同じような不幸が繰り返されないことを期待します。


パネル討論会に参加した人と参加しなかった人のギャップが、少しでも埋まれば幸いです。



2010/10/06 追記
このパネル討論会の開催趣旨には、以下の内容が含まれていました。
  • 問題の再発を防止するにはどうしたらよいのか。
  • 行政におけるシステム調達の技術評価の在り方。
  • IT業界はどのようにあるべきか。
  • 情報システムを扱う図書館や警察のような行政はどのように情報システムと向き合うべきか。
  • 社会はどのような方向へ向かうことが求められるのか。



この趣旨に沿った議論が行われたことを、早い段階で主張しなかったことは、私の落ち度だと考えます。
パネル討論会の開催に尽力された方々に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


2010/10/06 追記2
タイトルを修正しました。

2010年9月22日水曜日

『可処分所得が増えれば、消費は増える』は本当か?


私は半年前に、住宅ローンの借り換えをしました。

条件のよい住宅ローンに借り換えることができたので、毎月の返済額はずいぶん減りました。

わが家の可処分所得は、大幅に増えました。

しかし、それはほとんど貯蓄に回っています。

とても消費に回す気にはなりません。

将来が不安だからです。




不景気がいつまで続くか分かりません。

好景気が来ても、給料は上がらないかもしれません。

年金や社会保障もアテにはできません。

子どもたちにも、多少の蓄えを残してやりたい。

国の財政悪化、少子高齢化、生産人口の減少、国際競争力の低下・・・。

心配の種は尽きることがありません。


将来の不安がもっと小さくならない限り、私の気持ちが消費に向かうことはないでしょう。


『可処分所得が増えれば、消費は増える』という意見には、賛成できません。

2010年9月21日火曜日

役人の極楽はどこに消えた?

河村市長は、いつから役人の批判をしなくなったのでしょう?

名古屋市長選挙の期間中、「税金を払っとる方がどえらい苦労しとるのに、税金で食っとる方は極楽」と役人を批判していました。

役人の極楽は、たった1年半で、何の抵抗もなく、あっさりと消し去ってしまうことができるほど、あっけないものだったのでしょうか?





河村市長は行政の長です。

役人の親分です。

自分の子分が極楽だと、発言できないのは当然です。





いまや、「税金で食っとる」のは、市議会議員だと刷りかえられてしまっています。



河村市長は本当に役人が極楽だと考えていたのでしょうか?

役人の無駄遣いを、自分の力で止められると、考えていたのでしょうか?

ただのスローガン、票集めの方便だったのではないかと危惧しています。





河村市長は、『誰も手をつけなかった問題に手をつける』と訴えることで

『みんなが手をつけてきた問題にも、当然手をつけるだろう』

と有権者に連想させました。


やるとは言わない。
やらないとも言わない。


『やってくれるに違いない』

有権者自身が、勝手に期待を膨らませました。



河村市長は、何をやり、何をやらないのか、何を守り、何を犠牲にするのか。

しっかり見極めることが必要です。

河村市長をランチェスターの法則に当てはめてみる

私の知る限り、河村市長は、衆議院議員時代、いわゆる『政治の本流』に身を置いたことがありません。


ランチェスターの法則では、弱者に分類されます。


弱者に適した戦略は、局地戦・接近戦・一騎打ちです。

・名古屋弁全開の強烈なキャラクター
・自転車遊説
・「議員のボランティア化」「党議拘束の撤廃」「議会改革」「減税」などの、斬新な政策

これらは、とても優れた弱者の戦略です。

この戦略によって、河村たかし議員(当時)は注目を集め、テレビにもたくさん出演しました。


名古屋市長選でも、弱者の戦略を駆使して、圧勝しました。


河村市長は、名古屋市の行政トップになりました。

もはや、弱者ではありません。

弱者の戦略がうまく機能した時期は、もう終わりました。

戦略を変えなければ、自らの人気を落とします。


行政トップとして恥ずかしくない『横綱相撲』を取ってほしいと思います。

2010年9月19日日曜日

河村減税の10年後

河村市長が先導するリコール運動には、若い人も参加していると聞きました。

その若者は、河村減税の10年後の姿が理解できているのでしょうか?


名古屋市に住んでいる若者、A君。

彼は優秀な若者ですが、若いので、給料が安い。
いまの日本では珍しくないことです。

給料が安いので市民税も安い。
10%減税で得をする金額もごくわずか、スズメの涙です。



減税によって可処分所得が増えれば、名古屋市の経済は活性化するはずでした。

安い税金に魅力を感じて、市外・県外から人が移り住むはずでした。

企業が大挙して押し寄せ、税金を払ってくれるはずでした。

寄付が増えるはずでした。

日本中が不景気でも、名古屋だけは好景気になるはずでした。

バブルではない好景気が、ずっと続くはずでした。




しかし、そうなることはありませんでした。

名古屋市の財政悪化は、ひどくなる一方でした。

10年後、名古屋市の金庫は空になりました。

名古屋市は、15%の増税をしました。



優秀な若者、A君は、優秀なベテラン社員Aさんになりました。

Aさんの給料は、何倍にも増えていました。

支払う市民税も、何倍にも増えていました。


増税の負担は、減税で得た利益の何倍にも膨れ上がって、Aさんの肩にのしかかりました。

こんな悪夢が現実にならないことを願っています。

河村市長の目指す先

この記事の最後に記載したリンクをクリックすると、ある動画を見ることがます。
名古屋市議会 インターネット中継のWEBサイトで公開されている名古屋市議会の録画です。

9月15日、ちかざわ昌行議員は、河村市長が発行することを決めた名古屋市債について、質問しました。

・市債は名古屋市民が返さなければいけない借金
・将来の名古屋市民の負担を増やす
・国債も名古屋市債も名古屋市民にとっては同じこと

そう指摘するちかざわ議員に対して、河村市長は以下のように答弁しました。

・市債を発行しなければ、市の経済が破壊される。
・名古屋市が市債を返したら、その金はどこへ行くのか
・可処分所得を増やして金が回るようにする
・不景気なときほど、金を借りる。借金返済はしない。


では、そうやって借りたお金はどこに回るのでしょう?

「あの選挙期間中、『税金で食っとる方は極楽』と批判した役人に回るのではありませんか?」
私は河村市長にそう尋ねたいです。


河村市長は、『庶民の幸せ』から『役人の極楽』に目的地を変えていないでしょうか。

河村市長は役人に丸め込まれてしまったのでしょうか?

河村市長の政治理念と『役人の極楽』を巧妙にすり替えられていないでしょうか?

以下のリンクをクリックして、ちかざわ議員と市長のやり取りを、よく聞いてほしいです。
名古屋市会-インターネット中継 平成22年9月15日 本会議 個人質問
民主党名古屋市会議員団  ちかざわ昌行議員

2010年9月18日土曜日

「年金余命」

「年金余命」とは私が思いつきで作った造語です。

現行の年金が破綻する日を仮定し、破綻に至る期間のうち、受給者でいられる期間をあらわしたものです。

具体的に説明します。


現行の年金が破綻する日を2050年と仮定します。

現在70歳で年金を受給している人は、2050年までの40年間、年金を受給することができます。
年金余命は40歳です。

現在40歳で、65歳から年金を受給する人は、2035年から2050年までの15年間、年金を受給することができます。
年金余命は15歳です。

現在25歳の人は、現行の年金が破綻すると仮定した2050年に65歳になるので、受給期間は0です。
年金余命は0歳です。


こんな悲しい未来が現実化しないよう、年金制度の改革をしっかりやってほしいと思います。

2010年9月17日金曜日

河村市長に託した「民意」

私は前回の名古屋市長選挙で、河村たかし候補(当時)に投票しました。

「減税して、役所に入るお金を減らさんことには、行政改革なんてできませんよ」
河村氏のその言葉に、真の行政改革が実現することを期待したからです。


私にとっての『一丁目一番地』は、減税ではありません。

市債(借金)に頼らない行政。
持続可能な行政。
次の世代にツケを残さない行政。
その結果として、名古屋が『子どもたちが安心して大人になれる街』になること。

これが、私が河村市長に託した「民意」です。


「最近、市職員が河村市長を歓迎している。
 河村市長は減税の財源さえ手当てすれば、何でも通してくれる。」
昨日の市議会で、そう指摘されていました。


「世の中の人は税金を払うのにどえらい苦労をしている。
 税金で食っている人が極楽というのは正さにゃいかん」
選挙中の河村候補は、盛んにそう発言していました。

当選して1年半、市長のイスに座っているうちに、役人に丸め込まれてしまったのでしょうか。



河村市長のやろうとしていることを会社に例えてみましょう。

松原社長に代わって名古屋株式会社の社長に就任した河村社長は、社員の給料を一律10%増額しました。

「給料が上がれば、社員もやる気になるでしょう。そしたら、売上も上がるがね。」
そんな理屈でした。

給料が上がった社員は大喜びです。

他にもテレビコマーシャルを作ったり、外部からコンサルタントを呼んだり、派手好きな社長の好みに合ったことに、次々と手を出しました。


その一方で、以前から計画していた事務所の改築や消火器の設置など、地味で目立たないけれど、会社を維持していく上で欠かすことができないことは、後回しにされました。


社員は一所懸命に仕事をしましたが、ビジョンも戦略もなく、ただ頑張るだけで売上が上がるほど、甘くはありません。

次第に給料が上がった喜びも消え失せ、社員のやる気も続かなくなりました。

売上は上がらないにもかかわらず、支出だけが増えていきました。
河村社長は社債を発行し、社員への給料アップとテレビコマーシャルを続けました。


やがて、会社は倒産してしまいました。

会社が倒産する直前に、定年を迎えた古参の社員はほっと胸をなでおろしました。

放漫経営のツケは、若い社員に押し付けられました。


こんなことに、賛成することはできません。


今まで私は、河村市長に対して「理念には賛成・共感・同意するけれど、その手法には賛成できない」という立場を取ってきました。

しかし、昨日・一昨日の河村市長の答弁を聞くと、その理念さえ疑わしく思えてきました。

2010年9月2日木曜日

リニューアル

ツイッターでつぶやくには「尺が長い」ものをアップするため、休眠していたブログを復活させました。

今、私が関心を持っていることのトップ3は以下の通り。

  1. LibraHack事件
  2. 河村市長と名古屋市議会の対立
  3. 名古屋シティマラソン (ナゴヤウィメンズマラソン)
ヒマを見て更新予定。