2010年10月6日水曜日

#Librahack事件、パネル討論会(2)

10/4に書いた#Librahack事件、パネル討論会(1)に追記した内容の繰り返しになりますが、パネル討論会の開催趣旨には、以下の内容が含まれていました。
  • 問題の再発を防止するにはどうしたらよいのか。
  • 行政におけるシステム調達の技術評価の在り方。
  • IT業界はどのようにあるべきか。
  • 情報システムを扱う図書館や警察のような行政はどのように情報システムと向き合うべきか。
  • 社会はどのような方向へ向かうことが求められるのか。
  [開催趣旨の全文: パネル討論会:「岡崎市中央図書館ウェブサーバ事件」から情報化社会を考える - お知らせ]


この趣旨に沿った議論が行われたことを、早い段階で主張しなかったことは、私の落ち度だと考えます。
パネル討論会の開催に尽力された方々に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

開催者、パネリスト、参加した聴衆、その場に居合わせた人々の間には、開催趣旨に関する共通認識があったと、私は確信しています。

ツイッターで、いくつかのご指摘を受け、私なりに精一杯考えました。
私が記憶に基づいて分析した印象では、パネリストの話には、以下の内容が含まれていました。

  1. Librahack氏のアクセスに対し、警察への相談→被害届の提出→逮捕という展開で、物事が発展していった原因・背景・環境・制約・歴史的経緯などについて、各パネリストが得意とする側面から解説する。

  2. 逮捕という手段に頼らずに解決する方法・手段を考察する。

  3. 今後の取り組み、対策等について考察する。

大屋氏は、司法と警察のロジックを考察し、再発防止のアイデアを述べられました。

岡本氏は、図書館の現状に関する解説と、今後に対する期待・提言を述べられました。
そのおかげで、図書館員が警察に相談しようと決意した心理を、理解することができたと思います。

残りのお二方の話にも、逮捕に至った理由、逮捕を避けるための代案、再発防止のアイデア、この3項目が含まれていたと記憶しています。


特に大屋氏の発言に対して、批判が多いので、蛇足ながら、まとめてみたいと思います。

  • 脳梅毒の判例に言及したことについて
    「法律(司法)の世界では、市民感覚とずれた判断がなされることがある」
    大屋氏は、それをほのめかすために、この判例を取り上げたと推察します。
    市民感覚とはかけ離れた逮捕が、起きてしまった背景を説明する意図を感じました。

    結果に対する責任があり、その責任を行為者に負わせることができる脳梅毒事件と、
    結果に対する責任があるが、その責任を行為者に負わせることができないLibrahack事件

    そういう大屋氏の見解が、ツイッターでは正しく伝わらなかったのかもしれません。

  • Librahack氏と図書館の事前協議について
    asahi.com:岡崎図書館問題で討論-マイタウン愛知 で報道されたように、
    「逮捕された利用者と図書館の間で事前に協議があれば事件にならなかった」
    と、大屋氏が発言したことは、私も記憶しています。

    ただし、大屋氏は、Librahack氏が事前協議を申し込んでも取り合ってもらえなかったろう、という旨の発言もしていることから、現実的な手立てとは思っていなかったと推察します。

  • 起訴猶予で止まっているから冤罪ですらないについて
    逮捕と起訴猶予という流れは大屋氏の想定範囲内の出来事であったと推察します。
    ただし、「逮捕≒有罪」という市民感覚、20日以上の勾留とそれに伴う経済的損失は甚大である、という旨の発言をされていました。

  • 警察の能力について
    これも、#Librahack事件、パネル討論会(1)の繰り返しになりますが、日本の警察は、全体としてみたときに、
    「Librahack氏のアクセスには悪質性がなく、よって、閲覧障害の責任を負わせることは適切でない」
    という判断を下すのに十分な能力を持っているが、それが偏在しているため、高い能力を有している部署と、能力が不足している部署、地域、個人等が存在する、という旨の発言をされています。

Librahack氏の名誉回復を願う人が、パネリストの名誉を汚している、それを解消できない自分を情けなく思います。

同じ部屋で、パネリストの顔を見ながら話を聴いた私の印象を、ネットの向こうにいる人のそのまま伝えることはできないでしょう。

しかし、パネリストに対する一部のツイートは不当である、と私は主張します。

どうか、正しい理解が得られますように。

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