2011年7月9日土曜日

目的を伴った政治

今朝、ツイッターに次のようなツイートをしました。

教育、福祉、医療、防災。目的を伴った議論は意見が割れる。税を減らす、議員報酬を半減する、選挙による住民自治、県と市の連携を強化する。河村市長の政策は手段であって、目的でない。いま名古屋市は目的を見失い、お題目ばかりのハリボテになっている。

なるべく多くの方に関心を持ってもらいたいと、あえて『目的』という曖昧なキーワードを使ったのですが、「河村市長衆院選出馬を検討」のニュースにかき消されてしまいました(笑)


ツイッターでは曖昧にした「目的を伴う」という言葉について補足します。

きっかけは『白熱教室』のマイケル・サンデルに関する新書でした。
アメリカの政治は、善悪の判断に踏み込まず、正義(権利の保護)を重視しすぎ、という批判が載っていました。

それについて、あれこれ考えを巡らすうちに、ふと思いつきました。
河村市長の政策は、価値の判断をしていない!

たとえば、減税。
財源を行革で生み出す、と無から有を生み出すような主張は、目的を伴わない主張。

行政サービスの質を維持するより、減税をした方がよい。
有事の備え(財政調整基金)より、減税の方が重要。
将来世代の負担増(市債発行)より、現在の名古屋市民の負担軽減(減税)の方がよい。

と、価値の判断に踏み込めば、目的を伴う主張。


どちらの価値観を支持するか、を有権者に問うのが目的を伴った政治であり、ポピュリズムではない政治ではないか、と感じています。

3 件のコメント:

一名古屋人 さんのコメント...

つまり「何の為に」とか「何故」という疑問に回答していないと言う事でしょう。減税もそうでしょうし、議員報酬にしても地域委員会にしてもそうです、何故という問いかけに答えきっていない。であるので、「議員報酬半減で浮いた費用で待機児童対策ができる」なんて頓珍漢な選挙公報ができてくるのだろうと思います。
 減日の党内部で、しっかり政策を揉み合っていれば、こんな勘違いを明文化せずにすんだ。
 深く考えていないし、深く考えなかった事に反省も無い。

高柳正樹 さんのコメント...

>>一名古屋人さん
  なるほど!!
 「目的」があって、行為があるのに、「目的」がないから「(たまたま)報酬削減して浮いたお金があるからいろいろできるよ!」なんて公報になるのですね。

 目的があったら「待機児童解消のために、財源として議員報酬を削減します!!」になるし、すっきりする。

 行革だって、「行革のための行革」をやっても仕方ない。「財源を産み出して、その分◯◯に使う、だから行革だ」といった方が分かりやすい。

江口晃司 さんのコメント...

結局河村たかしという人物は単なるポピュリストなのでしょうか・・・。