2011年8月18日木曜日

河村たかし=カルト論

「うるさい、私たちは河村さんの話を聞きたいのであって、そういった政治の話はどうでもいい!」というヤジを飛ばす河村市長の支持者の話や、河村市長が、理論的な裏付けのない条例を議会に審議させようとしているなんて新聞記事(魚拓)を読み、どんよりした気分になりました。

「河村さんの話は聞きたいが、政治の話は聞きたくない」ってことは、言い換えると、
「政治家・河村たかしに興味はない。タレント、芸人、漫談家、語り部、講釈師、説法師としての河村たかしのファンである」ってことでしょう?

「減税の手法や財源の裏付けなどを盛り込んだ条例案の具体化は進まず」ってことは、
「はなから守れそうにない約束をしようとしてる」ってことでしょう?

政治に関心がない人たちの投票で当選した市長が、できもしない約束をする。
こんなものが政治と呼べるのでしょうか?

私には、ある種のカルトに思えてなりません。


そこで、ウィキペディアで「カルト」を調べてみました。

そこには、「カルトの特徴」として、次のように書かれていました。

指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口にすることはなんでも無条件に受け入れる。
説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから威圧的なものまで手段はさまざま。
秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極の知識に対する盲信。
絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門されるか罰せられる。
私はこれを読んで恐ろしくなりました。

河村さんを取り巻く状況が、ぴったり符合しているように思えたからです。
私の心の声を一つひとつに符合させてみます。

指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
政策や政治的成果を政治家に求めない支持者の姿は、まさに聖人を賛美する信者そのもの。
指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
減税の効果に対するシミュレーション地域委員会に対する提言書で、どれだけ河村市長の誤りが指摘されようが、聞く耳を持たない。
まさに「指導者は絶対に間違いを犯さないという確信」のなせる技。
指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口にすることはなんでも無条件に受け入れる。
減税も、ボランティア議員も、選挙で選ばれた委員による地域自治も、所詮河村さんの信条。
いま、この名古屋で、大した効果もないのに実現しなくてはいけない政策なのか?
説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから威圧的なものまで手段はさまざま。
市長を監視する役割を担う議会を、市長自らが先導するリコールで解散に追い込むとか、減税でバラマキをするとか。
秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
これって、中京都構想のことでしょう?
欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
日立から請求されてる5億円、里山開発業者から訴えられてる5億円、減税の財源、中期戦略ビジョン、中京都構想(名古屋市の解体)…。
あと、減税日本の中枢部って謎ですよね。
金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
「減税日本の公認が欲しければ、年収の半分を放棄しろ。党費も払え。」
絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極の知識に対する盲信。
「減税すれば、無駄が減る」
「減税すれば、寄付の文化が根付く」
「地域委員会は、地域の様々な問題を解決する」
全部盲信。
絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門されるか罰せられる。
河村さんには、優秀なブレーンがたくさんいたけど、みんな離れていったのはなぜ?
知識レベルが高い人にとって、自分のアドバイスを無視し続けるって、侮辱的。
これって、ある種の罰だよね?

河村市長とその支持者がカルトだとすると、論理的な話し合いによって合意することは不可能かもしれない。
そう考えると、本当にどんよりした気分になります。

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