2011年8月26日金曜日

「おまかせ住民自治」ではなく「てづくり住民自治」を

名古屋市が導入を検討している地域委員会は、住民自らが地域委員を選挙で選びます。
地域委員の役割は、地域の課題を解決解決するための予算を配分することです。
課題を解決に導くのですから、まさに、地域のリーダーを住民自らが選ぶ仕組みと言えます。

河村市長は、このことをもって住民自治が実現すると訴えていますが、私はそれに反対します。
リーダーを選び、すべてを任せることが自治と言えるでしょうか?


仮に、真の住民自治が実現している地域があるとしましょう。

そこでは、多くの住民が自らの意志で、積極的に地域の活動に参加しています。
住民同士は、顔見知りで互いの人柄をよく知っています。
そういう地域でリーダーになれる人は、多くの住民から信頼されているはずです。

いわば、住民による互選でリーダーが選ばれるはずです。
互選は、紛れもなく選挙の一形態ですから、「地域委員会」という制度がなくても、選挙による住民自治が実現する可能性は十分にありえます。
 (もしかしたら、実存しているかもしれません)

その土台となるのは、『住民がどれほど積極的に、地域の活動に参加しているか』にかかっていると思います。
  1. 地域の活動に参加する住民を増やす
  2. 住民一人当たりの負荷が減る
  3. さらに住民の参加が増える
そんな好循環を生み出すことができれば、地域委員会など必要ないはずです。


町内会の役員が手弁当で頑張っていることを知れば、多くの人が後ろめたさを感るでしょう。
後ろめたさを感じた人の中から、地域の活動に参加する人が出てくるかもしれません。
地域の活動に参加するきっかけが、「後ろめたさ」というネガティブな感情だった、というのは寂しいことではありますが、参加しないよりマシだと思います。

では、選挙に立候補した地域委員に、後ろめたさを感じるでしょうか。
「みずから立候補して、その職に就いたのだから、すべて任せてしまえば良い」という考えを助長する心配はないでしょうか。


「選んで、任せて、文句をいう」という日本の有権者の傾向を「おまかせ民主主義」と批判する人がいます。
地域委員会は「おかませ住民自治」を助長するだけではないでしょうか。

みずから参加して、引き受ける
そんな「てづくり住民自治」こそが望まれているのではないでしょうか。

住民が地域の活動に参加する間口を広げる。
「地域の活動に参加するは当たり前」という風土を作る。

これが地域自治・住民自治を実現する王道であることは、みんな分かっている。
しかし、即効性のある手立てがない。
これこそが、地域自治・住民自治の難しいところだと思います。
(釈迦に説法ですね。)

河村市長の主張は、王道がなかなか実を結ばず、停滞していることを逆手にとってるに過ぎません。



蛇足。
手弁当で頑張る町内会の役員に対して後ろめたさを感じても、選挙に立候補した地域委員には後ろめたさを感じない、という心理を逆手にとって、「議員はボランティがいい」と主張することには強く反対します。

「議員は、みずから立候補して、その職に就いた。だから任せていい。」
日本の有権者には、そういう傾向が強いこと、それが問題であることは、すでに述べました。

町内会の役員に後ろめたさを感じることが、すべての地域住民の「地域の活動に参加するモチベーション」を高めるわけではありません。
むしろ、割りに合わない仕事と敬遠する人も出てくるでしょう。

議員のボランティア化と市民の政治参加は、分けて考えるべきです。

ボランティア議員に関する河村市長の発言には、「おまかせ民主主義」に対する批判が含まれていると感じることがあります。
市民目線とは、市民の政治参加を指した言葉でしょう。

その一方で「おまかせ住民自治」を助長する、地域委員会を推進するのは自己矛盾だと思います。

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