2011年6月24日金曜日

小さな行動

6/22、TBSラジオDigで、100万人のキャンドルナイトを取り上げていました。
※ポッドキャストで聞いているので、タイムラグがあります。

100万人のキャンドルナイトは、夏至と冬至の夜8時から10時の2時間、「みんなでいっせいにでんきを消す」(原文ママ)という簡単な行動を通じて、節電を訴える運動です。

それを聞いてあることを思いつきました。


2011/9/11(日)は、東日本大震災から6ヶ月であると同時に、アメリカ同時多発テロから10年にも当たる象徴的な日です。

多くの方の命を奪った不条理な出来事を忘れないように、
災害に対する備えを怠らないように、
地域の人々の連携(助け合い)を強くするために、
家族を守るために、
自分が生き残るために、

自分一人で、
家族で、
友人同士で、
地域の人々で、

誰でもできる小さな行動を起こしてみてはいかがでしょう。



思いつくままに書きだしてみます。


小さな行動、黙祷を捧げる。

小さな行動、近所の人に挨拶をしてみる。

小さな行動、避難場所を確認する。

小さな行動、避難場所へ行ってみる。

小さな行動、会社から歩いて帰ってみる。

小さな行動、ボランティアに参加してみる。

小さな行動、災害用伝言ダイヤルのかけ方を確認してみる。

小さな行動、非常持出袋の中身を確認してみる。

小さな行動、非常口の確認をしてみる。

小さな行動、災害マップを見てみる。



他にアイデアがあれば、コメントかツイッターで承ります。

ボットを作ることも検討中ですが、ボットを作った経験がないので、多少時間がかかりそうです。

2011年6月22日水曜日

減税日本(守山区)とみぐち市議のブログについて

減税日本(守山区)とみぐち市議のブログに気になる記述を見つけました。

10%減税を進めるためには行財政改革は不可欠です。

無駄なものを省くことだけ、受益者負担を求めることだけが

行財政改革ではないので

継続可能な財源確保のために行財政改革の理解を深めたいと思います。

「10%減税を進めるためには・・・」について

河村市長は、減税がもたらす効果について2点挙げています。

  1. 減税によって、市役所に入るお金を減らす。
    (河村市長はこれを『プライスキャップ』と呼んでいます)
    役人が自由に使えるお金を制限することで行革の知恵を促す。
    減税を行革促進のツールとして使う。

  2. 減税によって、納税者の可処分所得を増やす。
    (河村市長はこれを『民のカマドを温める』と表現しています)
    庶民が自由に使えるお金を増やすことで消費を促す。
    減税を景気対策のツールとして使う
とみぐち市議の文章は、「減税を進めるため」だけに注目すると、『民のカマド原理』に基づく主張と読むことができます。
しかし、文脈・行間からは行財政改革をさらに進めたいという意欲が感じられ、『プライスキャップ原理』に基づく主張のようにも読めてしまいます。

私はこの記述から次のような疑問を感じました。
  1. とみぐち市議は、どちらの立場でこの主張をしているのでしょうか?
  2. そもそも、とみぐち市議は、河村市長が2つの効果を主張していることを知っているのでしょうか?
  3. 金持ち優遇の定率減税によって、所得再配分の仕組みを弱くすることが正しいと本気で思っているのでしょうか?
  4. 市民税10%減税には、期待されるほどの景気回復効果がない、というシミュレーション結果について知っているのでしょうか?


『行財政改革は不可欠』について

河村市長は、減税の財源はすべて行革で生み出すと主張しています。
一方、とみぐち市議は、「行政改革」と書いています。
  1. 行財政改革とは、行政改革と財政改革を含んだ言葉ではないでしょか?
  2. 行政改革で生み出した財源だけでなく、財政改革で生み出した財源も減税に使うつもりなのでしょうか?
  3. 財政改革で生み出した財源は、財政の健全化など税制局の予算として使うのが、あるべき姿ではないでしょうか?
  4. 「減税の財源はすべて行革で生み出す」という河村代表の決意、方針、宣言を否定していませんか?


河村市長が過去2年間に発信した主張は、ネット上にいくらでも転がっています。

例えば、河村たかし 気さくな62歳 | 減税日本公認
例えば、減税日本
例えば、河村たかし - Wikipedia
例えば、中日新聞:記事一覧:名古屋市長選(CHUNICHI Web)
例えば、名古屋市会会議録・委員会記録

これらの発言には、詭弁、強弁、論理のすり替え、はぐらかし、ごまかし、事実誤認、騙し、恫喝など、不適切なものがたくさん含まれています。

一見正しいようにみえる主張でも、他の発言との整合性が取れていないものもあります。
河村市長の過去の発言と矛盾しない立場を取るのは、とても難しいことです。

なぜなら、河村市長の発言が、崖っぷちに置かれたシーソーのように、ギリギリのバランスで構成されているからです。
河村市長は、強引に、厚かましく、なりふり構わず押し通しますが、論理的で冷静に市長の代弁をすることは、誰にもできないと思います。


とみぐち市議は、河村市長が過去2年間に発信した主張をどこまで読み込んだのでしょう?
本当に、河村市長の主張を理解しているのでしょうか?
私には、とみぐち市議が河村市長の上っ面しか見ていないように思えて仕方ありません。

2011年6月20日月曜日

私はこうして河村たかしに『ダマサレタ』

このブログを書いている時間、ナディアパークでは、「協働のあり方を考える市民フォーラム-地域課題の解決に向けて-」が開かれています。
私はのっぴきならない事情で行くことができないので、腹立ちまぎれにブログを書くことにしました。

現在、私は河村市長に反対する立場を取っています。
しかし、2009年4月の(河村たかし候補が名古屋市挑戦に初挑戦した)名古屋市長選では、河村たかし候補に一票を投じました。

「『減税によって、市役所に入るお金を減らし、無駄を減らす』という主張に、私は同意できる」と感じたからです。
その時私が、河村候補に託した想いは、無残に打ち砕かれました。

私はどうして河村候補に同意できると思ったのだろう・・・。

はっきり認識していたわけではないけれど、私はきっと、次のように考えていたのだと思います。

私が河村候補に同意した理由

  1. あの時、河村候補は「役人」を徹底的に悪者に仕立て上げていました。

    だから私は、『河村候補が当選すれば、役人をグイグイ締め上げ、無駄を削減するに違いない』と思い込んでしまいました。

    しかし、実際は、無駄の削減を役人に丸投げしました。

  2. あの時、河村候補は「減税の財源は行革」と主張していました。

    だから私は、『市民税減税を実行しても借金が増えることはない』と思い込んでしまいました。

    しかし、実際は、市債の発行残高は増えました。

  3. あの時、河村候補は「金持ちへの減税はゼロ」と主張していました。

    だから私は、『貧困層、低所得者層、生活困窮者へ配慮した減税をする』と思い込んでしまいました。

    しかし、実際は、市民税を払っていない人には恩恵がない減税をしました。

参考:河村たかしの名古屋政策(2009/4/7 PDF形式 http://1.takashi-kawamura.com/よりダウンロード可能)

河村たかしという人は、できそうもないことを平気で言います。
できそうもないことを平気で言うからには、それに見合った戦略、戦術、マネジメント、etc...があるのだろう、と聞いた人は考えます。

できそうもないことに見合う戦略。
できそうもないことに見合う戦術。
できそうもないことに見合うマネジメント。

さぞかし凄いものだろうと、勝手に想像をふくらませます。

民主党への政権交代が起きた時もそうでした。


河村市長の言うことは、大事なところがモザイクで隠されています。
みんな、モザイクの下を想像して興奮しています。

モザイクを剥がしてみたら、『できそうもないこと』は、やっぱり『できないこと』だったのだと分かりました。
期待した私が馬鹿なのだと言われれば、その通りです。

しかし、私の心情としては、騙された気分です。

だから私は、河村たかしに『ダマサレタ』とあえて言いたいと思います。

2011年6月13日月曜日

A.A.Kについて雑感。

MORIさんの呼びかけに賛同し、A.A.Kに微力ながらお手伝いをさせていただいています。

きっかけは6/20の協働のあり方を考える市民フォーラム
これに間に合わせようと気持ちが焦り、右往左往しています。

A.A.K - Act Against Kawamura! -を日本語に訳せば、「河村市長に対抗する運動」かな?

非常に的確な表現で、だからこそ賛同し、お手伝いをしているのですが、
「A.A.K」あるいは「Act Against Kawamura」という綴りを見ても、河村市長を連想できない(ような気がする)。

そこで「河村市長啓発運動」とか「河村市政啓発運動」なんてサブタイトルも考えてみたものの、これでは反河村というニュアンスが伝わりません。

かと言って、「反河村運動」とか「河村市長反対運動」と銘打って、「河村たかしを生理的に嫌う抵抗勢力」というレッテルを貼られるのも本意ではありません。

A.A.Kという表現を活かしつつ、名古屋市民の関心を引くにはどうしたら良いか?

例えば、「A.A.K名古屋 ~河村市政に改善を求める市民の会~」なんてカッコイイけど、別に会じゃないし(苦笑)。

でも、ツイッターのハッシュタグは #aaknagoya でいけそうです。

考えがまとまっていません。

2011年6月3日金曜日

河村市長に問いただしたい

則竹市議の公約違反について考えていたら、河村市長に問いただしたいことが次々と浮かんできました。


河村市長は、リコールを自ら扇動し、当時の市議をクビにしました。


リコールの主な理由は、「議会が市長の公約実現を阻んでいる」というものでした。
では、リコールが成立し、減税日本が第1党になった現在の議会で、市長の公約は実現に近づいたのでしょうか?

減税日本が提案した議員報酬半減条例は、素人の私が見ても穴だらけ。到底市民の理解を得られるものではありませんでした。

総務環境委員会では地域委員会のモデル実施拡大に「待った」が掛かりました。

行政改革の一環として当局から要求された保育料の値上げは、「減税の財源は行革で生み出す」という主張がネックとなり、認められませんでした。


これらは、河村市長に共感し、支持(または師事)する人たちでさえ、丸呑みにはできないほどの劇薬を、「のめ、のめ」と無理強いしていたことの証明ではありませんか。



また、河村市長はリコール期間中、「市会議員の報酬が高すぎる」と、議会を執拗に攻撃していました。

条例で定められた報酬を受け取ることは、クビに値するほどの罪なのでしょうか?

自らの看板政策を偽り、市民を欺いた則竹に、クビを勧めないのはなぜですか?

高額の報酬を受け取ることより、公約を破ることのほうが、軽い罪だというのですか?

そもそも、前議会の議員はクビにされるような罪を犯したのですか?

リコールを扇動したのは、間違いだったのではありませんか?

「泣けてくる」なんて弱音を吐く前に、謝罪をすべきではありませんか?

減税日本の代表として、説明責任を果たしていると胸をはることができますか?


河村市長には、間もなく始まる6月定例会で、しっかり説明していただきたい。