2012年6月4日月曜日

バランスシート不況論の欠陥

日本記者クラブのサイトで興味深い文書を見つけた。

「バランスシート不況」を知ろう 野村総合研究所 主席研究員 リチャード・クー (2009年1月25日)

私は以前から「バランスシート不況論には欠陥があるのではないか」という懸念を抱いてきたが、この文書を読むことで、その印象はさらに強くなった。


ご存知の通り、バランスシート不況論とは、資産の暴落でバランスシートを悪化させた企業が、負債の返済に集中するあまり、お金の借り手がいなくなり、経済が収縮することによって不況が惹き起こされるという考え方である。

日本では、1991年のバブル崩壊がそれに当たる。

リチャード・クー氏は、バブル崩壊後も、日本のGDPがバブルのピークを下回っていないことを評価している。
1500兆円も富を失って、企業があれだけ借金返済をやっていて、どうして日本のGDPは落ちなかったのか?
これこそ日本経済の七不思議ということになるわけですが、これには立派な答えがあるのです。
それは、この間、政府が金を借りて使ってくれたということであります。
河村市長が市債や国債の発行に前向きであることを考えれば、市長もこの考えに賛同していることは容易に想像がつく。


しかし、私はこの考えに疑問を抱いている。

確かに、政府がお金を借りなければ、日本のGDPは大きく落ち込んでいただろう。
そうなれば、企業の借金返済はもっと困難だったと思う。
企業のバランスシートはキレイになり、利益も出るようになった。

しかし、その代償として、国のバランスシートは著しく悪化し、壊れてしまった。

私には、「民間に借り手がいないから、政府が金を借りて使うのだ」という主張が、「企業のバランスシートをキレイにするために、政府は国のバランスシートを壊します」という開き直りに聞こえる。

バブル崩壊で壊れた企業のバランスシートをキレイにするために、政府が国のバランスシートを壊す。
では、政府によって壊れた国のバランスシートは、誰がキレイにするのか?

前述の文書でリチャード・クー氏は、このように述べている。
彼らが借金返済していけば、必ずこの問題はどこかで解決する。
解決したときには、今度は立場を変えて、そのときは政府側に大きなバランスシートの問題があるわけですから、今度は政府が財政再建をさせていただく。
そのときには、民間は積極的にお金を借りて使ってください

この主張は実現するだろうか?
長く苦しい借金返済の時代を経験した経営者が、積極的に借金をするようになるだろうか?
財テクや積極経営に懲りて、地道に無借金経営を目指すのではないだろうか?

リチャード・クー氏は、この疑問に次ように答えている。
大恐慌を経験した当時のアメリカ人、あそこで借金返済をやらされたアメリカ人は、死ぬまで借金しなかったそうであります。
そのくらいトラウマがひどかったんですね。
だから、いまでも90才とかいう年配の方、大恐慌を憶えておられる方はたくさんいますけれど、もう死ぬまで借金はしない。
あまりにもあのときの経験がひどかったということであります。
やはり、「バランスシートがキレイになれば民間に借り手が現れる」という主張は、楽観的すぎるようだ。

世界大恐慌の場合、アメリカの金利が元の水準に戻るまで30年かかったという。
それは借りなくなった人が借りるようになったんじゃなくて、そういう人たちが引退して、若い人、つまり借金返済を知らない人が経営者になったから借りるようになったんだࠈうと思います。
そのくらいこの問題は深刻なんですね。
リチャード・クー氏は後半の質疑応答で、このように述べている。
なぜ、冒頭の講演部分ではこの点に触れなかったのか。

日本はバブル崩壊から、まだ20年余りしか経っていない。
借金返済を経験した経営者が引退するまで、10年近く残されている。
いや、世界大恐慌時からの平均寿命の伸びを考えると、彼らが引退するまで20年掛かったとしても不思議はない。

日本の金利水準が、バブル崩壊前の水準に戻るまで、日本政府は金を借り続けなくてはならない。
その期間は短くて10年。場合によっては、さらに伸びることもある。
日本の財政は、それを支えることができるのか?

そもそも、借金返済を経験した経営者が引退し、若い人と世代交代をしても、借り手が現れるとは限らない。
現代の若者は、消費に対して積極的でない。
彼らが経営者になった時、積極的に借金をするだろうか?

国内市場そのものも縮小傾向にある。
金を借りて会社を大きくするより、堅実で地道な無借金経営を目指すのではないだろうか?

日本の財政は危機的状況にある。
社会保障費の負担の増える一方である。
現役世代・将来世代は、すでに多額の借金を背負わされている。
この状況で、好き好んで借金をするだろうか?

「日本政府はあてにならない」
「年金制度も信用出来ない」
「失業保険も役に立たない」
多くの国民が、これらの不安を感じ、消費を控え、借金を返し、貯金に懸命になっていると思う。

人々の意識を貯金から消費へ転換するには、これら不安を解消することが不可欠だろう。
社会保障改革を棚上げにしたまま、財政再建を先送りすることは、「借り手不在」に拍車をかけるだけではないだろうか。


日本政府は多額の国債を発行している。
金利が安いのに、これだけ売れるということは、借り手不足がそれだけ深刻であるということだろう。
「堅実に事業を営んでいる優良企業が、そこそこの金利でお金を借りてくれるなら、こんなに金利が低い国債なんて買わないのに」
これが投資家の本音ではないだろうか。

近い将来、日本の財政破綻がいよいよ現実味を帯びてきて、「国債は危ない」「これ以上日本政府に金を貸せない」となった時、日本はどうなるのか?

民間には借り手がいないし、日本政府は金を借りられない。
そうなった時、日本のGDPは大幅に下落し、本物の大不況がやってくるのではないだろうか。


『日本はバランスシート不況に陥っている』と主張するのは構わない。
『バランスシート不況が世界各地に飛び火している』という主張も一理ある。

だが、バランスシート不況からの脱却を大義名分にして、無秩序な国債発行とポピュリズムを拡散するのはやめてほしい。

■バランスシート不況に対して、広く薄い減税は効果がないこと。
■財政出動はGDPの下支えになっても、借金拒否症の改善にはつながらないこと。
■借金拒否症の改善には、世代交代が必要であること。
■世代交代が実現しても、将来世代が積極的に借金をする状況にないこと。

これらの「不都合な真実」に目をつぶるのは許せない。